足利義輝の野望

「長野家の武将を傘下に加えたものの、他家と対抗するには人材不足だな」
「左様でございまするな。いかに市井が発展して多くの兵を抱えても、それを指揮する武将が足りませぬ」
「ううむ。やはり尾張の斯波を攻めるか」
「そうでございまするな。斯波には多くの人材がおるとの噂にございまする。まずは諜報の忍者を放ってみてはと」
「うむ、では藤孝、その手はずを」

「——首尾はどうであったか」
「清洲城には蜂須賀、前田、那古屋、前野など、10人以上の武将がおりまする。何とか傘下に加えとうございますな」
「ううむ?なんだか『信長の野望』にふさわしい名が見えるが」
「この頃の斯波氏は、もはや守護とは名ばかりの織田氏の傀儡にすぎない存在でございまする。
ほぼ織田家の領土といっていいほど。むしろ、織田家の家中で分裂しているというべきであります」
「うむ、それを聞いてがぜんやる気が出てきたわ。しかし、蜂須賀正勝や前田利家などの猛者が相手ではどうだ?」
「兵の数をごらん下され。2000程度にございまする。大名の能力値が低いため、城下が発展できないのでございましょう」
「よし、では、まむしと織田の若当主に取られぬうちに参ろうぞ!」
「ははっ」

森田浄雲が率いる軍勢4000は、尾張国に入った。
木曽三川の中州にさしかかったころ、遠目に斯波本陣が見えた。
「むう、この地で迎え撃つということか。——あの旗印は」
「蜂須賀、前田、那古屋、前野にございまする」
「やはり上様の通り、武勇の士が出てきたか。者ども、陣を布けいっ」
関盛信、長野藤稙の率いる伊勢勢と伊賀勢が、砦を築き、軍議がひらかれた。
主君・足利義輝が山城国を離れられないなか、猛将相手に数の優位で押し切る作戦が取られる。
「おそらく大将の蜂須賀は本陣を守ろう。我らは隊を二分し、本陣側の前野隊を迎撃するうちに、砦の前田利家隊を打ち破ろうぞ」

「おお、この弓矢の威力。さすがは前田利家よ。しかし槍が届けばこちらのもの——前進!」
「一番槍は森田浄雲じゃあっ!」
援護の少ない弓の前田隊は、槍の突進を受けて総崩れになる。
やがて砦まで後退し、その攻撃を受けることになった。
「しかし劣勢にもかかわらず、よく粘る。さすがは槍の又左と呼ばれるだけのことはある……一旦引くか」
森田浄雲の伝令は他の隊にも伝えられ、一時的に本陣へと下がることになった。
城を落とすまではまだ長く、無理は禁物である。
「かなり押しておりますが、敵本陣までは達しておりませぬ。ここは砦を先に落とすべきかと」
陣幕のなかでは関盛信が語勢を強めていた。優位な戦いであることは他の諸将にも明らかであった。
「うむ、我が隊は砦を攻撃するところまで至っておる。明日は総攻撃をかけようぞ」

翌朝、伝令、と下士官が張り上げる声が陣を起こす。
「いかがした」
「尾張勢が陣を引き上げておりまする」
「なんと、すぐに参る。速やかに諸将にも伝えよ」
「はっ」
急ぎ具足をそろえ、森田浄雲以下は木曽三川を渡った。
陣を引き上げてゆく斯波方を見えると、兵たちの間から自然と歓声がわきおこる。
「このまま清洲城に攻め入るぞ。陣形を乱すなよ」
その数日後、兵力が削られた清洲城は落城した。
天守に入った森田浄雲は、濃尾平野を見下ろしてその豊かさに驚いたという。
伊賀の豪族であった森田浄雲にとって、尾張の豊かな土壌を見下ろしたのは、感慨以外の何物でもなかったのだ。